平成29年度弁理士試験論文式筆記試験問題 [意匠]

平成29年度弁理士試験論文式筆記試験問題 [意匠]

【問題Ⅱ】

 甲は、意匠イを創作し、平成27 年3月10 日に意匠イについて意匠登録出願Aをし、平 成27 年6月1日に展示販売会に出品し、その後、受注活動を継続している。また、展示販 売会での反響を参考にして、平成27 年7月10 日に、意匠イを改変した意匠ロを創作した。 平成27 年8月30 日に、意匠イ及びロに係る物品を製造するための製造設備を用意し、そ の後、意匠ロについて受注活動を開始した。そして、平成28 年1月10 日に意匠イ、意匠 ロの双方に係る物品の販売を開始した。意匠ロは明らかに意匠イと類似するものであった ので、甲は意匠ロについて意匠登録出願をしていない。
 意匠登録出願Aは、公知意匠に類似するとの理由で拒絶査定となり、平成28 年1月20 日にこの査定は確定した。
 乙は、平成27 年7月20 日に、自ら独自に創作した意匠ハについて意匠登録出願Bをし、 平成27 年12 月1日に設定登録された。意匠ハは意匠イ、意匠ロの双方に類似するもので あった。
 乙は、平成28 年2月1日に、甲に対し、甲による意匠イ及び意匠ロに係る物品の販売 は、乙が保有する意匠ハに係る意匠権の侵害であるとの警告をした。
 甲は、意匠イも意匠ロも自分が独自に創作したのに侵害だと言われる理由が解らずに、 また、侵害への対応について弁理士に相談した。
 甲から相談を受けた弁理士として、甲が侵害だと言われる理由を述べた上で、侵害警告 への対応について、甲に説明すべき事項を列挙し、適用条文とその立法趣旨を含めて事案 に即して述べよ。
 なお、意匠法の適用関係に限り、権利行使の制限(意匠法第41 条において準用する特許 法第104 条の3)には言及しないものとする。 【60点】

1. 侵害だといわれる理由

 侵害とは、権限又は理由無き第三者が、業として登録意匠又はこれに類似の意匠を実施することである(23条)
 意匠とは創作物であり、産業の発達に寄与するために、新規に創作した意匠の保護及び利用を図ることが法目的である(1条)。意匠を保護するために、登録主義を採用しており、登録された意匠について権利者は、独占排他権を得る。そのため、権利を有さない者の登録意匠の実施が制限される。

2. 侵害警告への対応

(1) 否認の検討

 題意より、乙の登録意匠に係る意匠ハは、甲の実施している意匠イ、及び意匠ロに類似するものであるため、甲は、乙の主張を否認することができない。

(2) 先使用による抗弁

 甲が実施する意匠イ、及び意匠ロについて、先使用による通常実施権(29条)を有するかを検討する。
 新規に創作した意匠について権利付与されるところ、先に創作した意匠についてまで権利行使できるとすると、公正性に反し、また実施している機材等が稼働しなくなることで経済的でない。そのため、先に創作した意匠について通常実施権を有する旨が、規定されている。
 ここで、乙が意匠ハについて出願Bをした際、甲は独自に創作した意匠イについて、展示販売会への出品、及び受注活動を行っていたため、通常実施権を有する旨を主張することができる。それに対し、意匠ロについては事業の準備を明確にはしていないため、先使用の通常実施権を有することを主張することができない。

(3) 先出願による抗弁

 甲が実施する意匠ロについて、先出願による通常実施権(29条の2)を有するかを検討する。  公知を理由として出願が拒絶された場合、当該意匠について実施することができるという期待権を得ることができる。それにもかかわらず、後願の登録意匠により、実施している意匠について権利行使されることは、公平性の観念に反し、また経済的でない。
 そのため、先願で拒絶された意匠について、通常実施権を有する旨が規定されている。  ここで、甲は、意匠ロを独自に創作しており、乙の意匠登録出願Bに係る意匠が登録される際、現に意匠イ、及び意匠ロについて、事業の実施のための準備をしている。
 また、出願Bの出願日前に、意匠イに係る出願Aをし、3条1項3号の規定により拒絶査定となっている。  よって、甲は、日本国内において意匠イ、及び意匠ロの事業の実施のための準備を行っていた場合、意匠イに類似する意匠ロについて、その事業の実施の準備をしている範囲内において、意匠ハに係る意匠権についての通常実施権を有することを主張することができる。

(4) 無効審判の請求

 乙の登録意匠ハは、出願時点で公知意匠イに類似するために3条1項3号の無効理由があるとして、無効審判の請求をする(48条1項1号)
 審査で看過された登録意匠により、権利行使することは、意匠法の目的に反するため、当該登録意匠を無効にすることができる。
 意匠登録無効審判は、何人も請求することができる(同条2項)。そのため、甲も請求することができる。
 無効審判の請求が容認され、審決確定すると、乙の登録意匠ハに係る意匠権は初めから存在しなかったものとみなされ49条、甲に対して権利行使することができなくなる。