平成29年度弁理士試験論文式筆記試験問題 [商標]

平成29年度弁理士試験論文式筆記試験問題 [商標]

【問題Ⅱ】

 甲は、平成25 年7月1日に「Wine」を指定商品とする商標「YAMANASHI」 をX国において商標登録出願し、X国における当該商標登録出願に基づきパリ条約による 優先権を主張して、「X国産ぶどう酒」を指定商品とする商標「YAMANASHI」につ き、我が国において平成25 年12 月1日に商標登録出願Aを行った。一方、特許庁長官は、 平成25 年7月25 日に、山梨県を産地とする「ぶどう酒」について、商標法第4条第1項 第17 号の規定により「山梨」を産地として指定した。
 その後、甲は、商標「Grape」(商標法第5条第3項に規定される「標準文字」によ る表示態様のもの)につき、第31 類「ぶどう」、第32 類「グレープジュース」及び第33 類 「いちご酒」を指定商品とする商標登録出願Bを行ったが、審査官から拒絶理由通知を受 けた。
 結局、甲は商標登録を受けることなく、商標「Grape」を商標登録出願Bの商標と 同じ表示態様で商品「ぶどう」に使用していた。甲の商品販売状況は小規模であったが、 甲による当該使用は、乙が所有する商品「果実」を指定商品とする商標「Glape」に 係る商標権を侵害するものであるとして、乙から商標権侵害訴訟が提起された。 以上の事実を踏まえ、以下の設問に答えよ。
 ただし、商標「Grape」と商標「Glape」は類似するものとする。
【65点】

(1)

商標法第4条第1項第17 号の規定を設けた趣旨を説明すると共に、同号の規定が甲 の商標登録出願Aに対する拒絶理由になり得るか否か説明せよ。なお、優先権主張は有 効なものとする。

解答例

1. 趣旨

 TRIPS協定により、加盟国のぶどう酒又は蒸留酒の産地を表示する標章を、当該産地以外の地域を産地とするぶどう酒又は蒸留酒の商標として登録することを禁止している(TRIPS 23条2項)
 そのため、他の加盟国の産地に比べ、日本国の産地を不利に扱うことがないようにするために4条1項17号を規定した。
 また、TRIPS協定により、加盟国は、原産国において保護されていない地理的表示について、保護する義務を負わないことから(TRIPS 24条9項)、4条1項17号を規定することにより、日本国以外の加盟国において、日本国の産地を不利に扱われることがないようにするためでもある。

2.甲の商標登録出願Aが4条1項17号に該当するか

 日本国のぶどう酒若しくは蒸留酒の産地のうち、特許庁長官が指定するものを表示する標章はを有する商標は、登録することができない(4条1項17号)。甲の商標登録出願Aは、指定商品「X国産ぶどう酒」、商標「YAMANASHI」であり、特許長官が指定する指定商品「ぶどう酒」、商標「山梨」と指定商品及び商標が類似する。そのため、甲の商標登録出願Aは4条1項17号に該当する。

3. 甲の登録商標出願Aは拒絶されるか

 4条1項17号に該当する商標であっても、商標登録出願前に該当しなければ、拒絶されない(4条3項)。当該規定に該当する前に出願しているため、善意によるものと考えられる。また、当該出願を登録できないとなると、出願人に酷なためである。
 甲の登録商標出願Aの出願日は、パリの優先権の主張を伴っているので、特許長官が4条1項17号の規定により「山梨」を産地として指定した日よりも前に出願したものと判断される(パリ4条B)。そのため、甲の登録商標出願Aは、4条1項17号の規定により、拒絶されることはない(4条3項、15条1号)

(2)

 甲の商標登録出願Bに対する拒絶理由は、指定商品毎に一つずつ異なる内容のものであったとして、各拒絶理由の内容をそれぞれ説明せよ。

解答例

1. 指定商品「ぶどう」

 自己の業務に係る商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標は、登録を受けることができない(3条1項1号)。そのような商標は、出所表示機能、及び自他商品識別力がないことが明らかであるためである。  指定商品「ぶどう」について、商標「Grape」は、その商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり、3条1項1号に該当するため、拒絶理由となる(15条1号)

2. 指定商品「グレープジュース」

 自己の業務に係る商品の原材料を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標は、登録を受けることができない(同項3号)。誰でも使用することを必要とし、また要望するものであるため一私人に独占を認めることは妥当でなく、既に一般に使用され、あるいは将来、使用されるものであるためである。  指定商品「グレープジュース」について、商標「Grape」は、その商品の原材料を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり、3条1項3号に該当するため、拒絶理由となる(15条1号)

3. 指定商品「いちご酒」

 商品の品質をの誤認を生ずるおそれがある商標は、登録を受けることができない(4条1項16号)。商標には品質保証機能があり、需要者が誤認するような商標は、需要者の不利益となるためである。
 指定商品「いちご酒」について、商標「Grape」は、原材料がぶどうと誤認を生じるおそれがあり、4条1項16号に該当するため、拒絶理由となる‘‘(15条1号)‘‘。

(3)

 甲は上記商標権侵害訴訟において、どのような抗弁をすべきか説明せよ。

解答例

商標権の効力が及ばない範囲(26条)による抗弁

 商標の効力は、指定商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する商標については及ばないと規定されている(26条1項2号)そのような商標は、万人が使用する場合があり、一私人にのみ独占排他権を与えることは、不公平であるためである。 商標登録自体に問題ないが、当該商標の効力が及ぶことが妥当でない場合に、制限を設けるための規定である。  ここで、甲は、甲の業務に係る商品「ぶどう」について、乙の登録商標である「Grape」に類似する商標である「Grape」を使用しているが、26条1項2号の規定に該当するため、商標権の効力が及ばない旨を、甲は主張するべきである。

(4)

 上記商標権侵害訴訟において、甲は乙が有する上記商標登録が商標法第8条第1項に 係る無効理由を有していることを発見したが、すでにその商標権の設定の登録の日から 5年を経過していた。この場合における甲の抗弁の可否につき論ぜよ。
 なお、抗弁の可否を論ずるにあたり、問題の所在を述べた上で、抗弁を可とする場合 と抗弁を否定する場合のそれぞれの理由に言及せよ。

解答例

1. 問題の所在

 8条1項の無効理由を有していたとしても、登録日から5年を経過しているため、除斥期間の適用がある(47条)。商標登録が過誤によってなされたときでも、一定期間を経過したときは、既存の状態を尊重し維持するために無効理由たる瑕疵が治癒したものとして、その無効理由を認めないのである。
 当該規定は、無効審判(46条)において適用される。一方、商標権侵害訴訟において、権利行使が制限される旨の抗弁(39条で準用する特104条の3)が認められるかが問題となる。

2. 甲の抗弁を可とする場合

 1.特104条の3における「無効にされるべきもの」とは「46条に該当するもの」という趣旨であると理解すれば、侵害訴訟では除斥期間の経過を考慮しないとも解することができる。
 2.特104条の3は無効理由が存在するときに権利行使制限の抗弁を認めるといった実体的要件に直接係るような文言になっていないので、無効審判を請求することができない場合における権利行使制限の抗弁の可否については、同項の文言上必ずしも明らかでないと解することもできる。
 3.無効審判は対世的に権利を無効にするためのものであるが、権利行使制限の抗弁は相対的に権利を制限するためのものであるから、無効審判の請求の可否と権利行使制限の抗弁の可否を同一に取り扱う必要はないと解することもできる。

3. 甲の抗弁を否定する場合

 抗弁を可とすると、商標権者は、商標権侵害訴訟を提起しても、自らの権利を行使することができなくなり、47条1項の上記趣旨が没却されることとなる。
 そのため、抗弁は不可と解する。

参考

  1. Eemax事件 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/543/086543_hanrei.pdf

  2. 論文 https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3136

所感

  • (4)について、商標登録に係る除斥期間を経過した後における権利行使制限の抗弁 については、論点の一つであることを認識した。本論点を知っていないと、回答が難しいと思う。