平成28年度弁理士試験論文式筆記試験問題 [特許・実用新案]

平成28年度弁理士試験論文式筆記試験問題 [特許・実用新案]

【問題Ⅱ】

 甲は、特許請求の範囲を「工程αの後に工程βを行うことを含んでなる方法によって製 造されたインクa、インクaを収容した収容部b、クリップc及びペン先d1又はd2を 備えたボールペン」とする特許発明イについての日本国特許権Pを有している。特許権P は、特許出願X(出願日平成20 年4月1日)を基礎として特許法第41 条第1項の規定に よる優先権の主張を伴う特許出願Y(出願日平成21 年3月30 日)に係る特許権である。
 乙は、特許発明イを実施する正当な権原を有することなく、「インクa、インクaを収 容した収容部b、クリップc及びペン先d1を備えたボールペン」(「製品A1」という。) 及び「インクa、インクaを収容した収容部b、クリップc及びペン先d3を備えたボー ルペン」(「製品A3」という。)を日本国内において、平成27 年4月1日以降、業として 製造販売している。
 甲は、乙に対し、製品A1及びA3の製造販売の差止めを求めて特許権侵害訴訟を提起 した。
 なお、ペン先d3はペン先d1及びd2とは異なり、かつ、ペン先d1及びd2のいず れにも包含されない構成を指すものとする。また、特許発明イのインクaと製品A1及び A3のインクaは、構造及び特性等を同一にする物であるとする。
 以上の事例を前提として、以下の設問に答えよ。
 ただし、特許発明イに係る特許請求の範囲の記載は、特許法第36 条第6項第2号に規 定する要件(明確性要件)を満たすものとする。

(4)

 クリップcは、特許出願Xの出願前に筆記具の技術分野において周知技術であった。
 しかし、特許発明イのクリップcは、特許出願Yの際に明細書に追加された構成で あって、特許出願Xの願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載 された事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものである。
 一方、丙は、平成20 年10 月1日より「インクa、インクaを収容した収容部b、 及びペン先d2を備えたボールペン」(「製品A2」という。)の販売を全国的に開始し ていた。なお、特許発明イのインクaと製品A2のインクaは、構造及び特性等を同 一にする物であるとする。
 この場合、乙は、侵害訴訟において、特許法第104 条の3第1項に基づき、どのよ うな抗弁を主張することが考えられるか、説明せよ。

解答例

1. 優先権主張の効果

 特許出願Yは、先の出願であるXに基づき、優先権の主張を伴う出願であるところ(41条1項)、 出願Yの特許請求の範囲に記載されているクリップcについては、先の出願であるXの願書に最初に添付した明細書等に 記載されていないため、出願Yの特許発明イについては、優先権の主張の効果を有しない(同条2項)

2. 無効の抗弁

 設問より、出願Yの出願前に実施されている製品A2を引用例として、特許発明イが29条2項の規定に該当するかについて、クリップcは、出願Yの時点で、筆記具の技術分野において周知技術であったことから、当業者により容易に想到することができると解されるため、 特許発明イは、進歩性が無いとする無効理由を有する(29条2項、123条1項2号)
 そのため、乙は、侵害訴訟において、104条の3第1項に基づき、上記の無効の抗弁を主張することが考えられる。

所感

  • 「1.優先権主張の効果」を、「出願日の認定」とするかどうかについて迷った。
     優先権の主張により、出願日が遡及されるわけではなく、特許要件を判断する基準日が、先の出願の出願日となることから、出願日うんぬんは記載すべきではないと思う。

(5)

 前記(4)の乙の主張に対抗して、甲は、侵害訴訟において、どのような主張をするこ とが考えられるか、説明せよ。

解答例

 乙が、特許権Pに29条2項に規定する進歩性の無効理由を有する抗弁を主張した場合、甲は訂正の再抗弁を主張するべきである。訂正の再抗弁とは、①特許権者が、適法に訂正の請求を行うこと、②当該訂正により、無効理由が解消すること、③対象となる製品が、当該訂正後の特許請求の範囲に属することを、主張立証することである。  よって、甲は、訂正審判(126条1項)を請求し、特許権Pに係る特許請求の範囲から、ペン先d2を減縮する訂正をするべきである(同項1号)。当該訂正は、願書に添付した明細書等の記載した事項の範囲内であり(同条5項)、実質上特許請求の範囲の拡張、又は変更するものでなく(同条6項)、また、独立特許要件も満たす‘‘(同条7項)‘‘ものと解する。  訂正審判の審決確定後、訂正後の特許請求の範囲により、特許権の設定の登録がされたものとみなされ(128条)、乙が主張する無効理由を回避することができる。
 また、製品A2は、訂正後の特許権Pの特許請求の範囲に属するため、甲は、製品A2が、特許権Pを侵害していることを主張することが考えられる。

所感

  • はじめ、訂正審判ではなく、訂正の請求(134条の2)として記載していた。無効審判ではないため、訂正の請求ではない。
  • 訂正の再抗弁の要件は、平成19年(ワ)第17762号損害賠償請求事件、筆記具のクリップ取付装置事件に記載。
  • 訂正の再抗弁の要件を挙げなくても、適法な訂正、無効理由の解消、特許権の侵害と、順序良く記載すればよいように思う。ただ、問題もクリップとか、ボールペンを題材にしているだけに、出題者も、訂正の再抗弁の要件を挙げてほしいと、思っているのであろう。