平成28年度弁理士試験論文式筆記試験問題 [特許・実用新案]

平成28年度弁理士試験論文式筆記試験問題 [特許・実用新案]

【問題Ⅰ】

 甲は、平成26 年2月に、組成物α(以下「発明イ」という。)及び組成物αからなるフ ィルム(以下「発明ロ」という。)の発明をし、日本法人乙に、発明ロのフィルムの製品 化を持ちかけた。乙は、甲から発明イ及び発明ロについての特許を受ける権利を譲り受け たが、営業秘密とし、発明イ及び発明ロについて特許出願はしないこととし、平成26 年 6月から実施をすることとした。
 また、甲は、平成26 年4月に、日本法人丙に対しても発明ロのフィルムの製品化を持 ちかけた。丙は、甲が既に発明イ及び発明ロについての特許を受ける権利を乙に譲渡して いることを知らずに、甲から発明イ及び発明ロについての特許を受ける権利を譲り受け、 平成26 年4月20 日、発明者を甲、受理官庁を日本国特許庁として、日本国を指定国に含 む特許協力条約に基づく日本語による国際出願Aをした。国際出願Aの請求の範囲には発 明イが、また、明細書には発明イ及び発明ロが、記載されていた。丙は、国際出願Aにつ いて平成27 年11 月1日に日本国への国内移行手続を完了した(以下「国際特許出願A1」という。)。
 一方、乙の従業者丁は、甲による売り込みのための発明イ及び発明ロについての説明を 漏れ聞いて、これらの発明の内容を知得し、平成26 年3月15 日、乙に無断で、自己を発 明者として、特許請求の範囲及び明細書に発明イを記載して、特許出願B1をした。 丁は、さらに発明ロについても権利を取得しようと考え、平成26 年5月10 日に、出願 B1を基礎として特許法第41 条第1項の規定による優先権を主張して、特許出願B2を した。特許出願B2の特許請求の範囲には、請求項1として発明イ、請求項2として発明 ロが、また、明細書には発明イ及び発明ロが、記載されていた。特許出願B2は、平成27 年9月16 日に出願公開された。
 戊は、出願公開された特許出願B2を見て発明イの内容を知り、平成28 年1月から、 正当な権原なく、業として組成物αの製造・販売を開始し、その後も継続している。
 なお、甲は、乙及び丙の従業者ではない。
 以上を前提に、以下の各設問に答えよ。ただし、各設問はそれぞれ独立しているものと する。

(2)

  丙は、乙に対し、発明イについての特許を受ける権利を有することを主張できるか、 説明せよ。

解答例

 甲は、発明イの発明者であり、特許を受ける権利を有する(29条1項柱書)。また、甲は、乙及び丙に発明イの特許を受ける権利を譲渡している(33条1項)
 特許を受ける権利の承継者は、特許出願をしなければ、第三者に対抗することはできない(34条1項)。特許出願前に適当な公示手段がないため、特許出願を対抗要件とした。
 設問より、丙は、発明イについて国際特許出願A1をしているため、第三者である乙に対して、発明イについての特許を受ける権利を有することを主張することができる。

所感

  • 甲は乙にも特許を受ける権利を譲渡しているので、丙は乙に対しては、主張できないような気もする。しかし、2重譲渡における権利の効果発生要件について、特許法は何も規定していない。たぶん、2重譲渡でも譲渡の効果は発生するのだろう。
  • 乙が、もし発明イについて、特許出願していたならば、乙は、丙に対してい権利を主張することができたのだろう。その場合、乙と丙のどちらの譲渡が有効かが、訴訟で争われることになるのかなと思う。
  • 33条、34条で、移転、承継と同じような意味の単語がでてきて、混乱する。条文を分けているところから、なにかしらの明確な違いがあるような気がする。33条は、個人間の契約であり、34条は、庁に対する手続きという違いがあるので、そのための違いがあるようにも思える。

(3)

 国際特許出願A1の審査において、特許出願B2を先願として、特許法第39 条第1 項の規定により拒絶の理由を通知されることがあるか、同項の要件について検討しつつ、 説明せよ。

解答例

 出願A1の請求の範囲に発明イが記載されている。また、出願B2の請求の範囲には、請求項1として発明イが記載されている。そのため、出願A1と出願B2は同一の発明に関する出願である(39条1項)
 また、出願A1の出願日は、平成26年4月20日であり、出願B2は、平成26年5月10日である。しかし、出願B2は、国内優先権主張を伴うため‘‘(41条1項)‘‘、発明イに関する39条1項の規定については、先の出願日である平成26年3月15日にしたものとみなされる(41条2項)ため、出願A1に対し、出願B2は先願となり得る39条1項
 ここで、丁は、発明イの特許を受ける権利を有していないため、出願B2は、冒認出願の拒絶理由を有する(49条7号)が、審査段階でその拒絶理由が看過された場合、先願の地位を有する(39条5項)
 よって、出願A1の審査において、出願B2を先願として、39条1項の規定により拒絶の理由を通知されることがある(50条)

所感

  • 問題文には、「拒絶の理由が通知されることがあるか」と記載されている。通知されることがあるかないかを問う問題ではなく、通知される場合を答える問題だと思う。そのため、出願B2の拒絶理由が看過される場合を記載したほうがいいと思う。ただ、特許庁の人が採点する場合、印象が悪いようにも思う。でも、冒認出願が、審査段階でわかるかというと、分からないと思う。
  • (4)の設問との関係上、拒絶の理由を通知されると記載したほうが、流れが良いように思う。

(4)

 国際特許出願A1は、平成28 年6月5日に、発明イについて拒絶の理由があるとし て、拒絶の査定を受けたとする。このとき、丙は、発明ロについて特許権を得るため にどのような手続をすることが考えられるか、その手続をする理由とともに、説明せよ。

解答例

(1) 分割出願(44条)

 丙は、出願A1に基づき、請求の範囲に発明ロを記載した分割出願(44条1項)をするべきである。発明ロに係る分割出願は、出願A1の出願日にしたものとみなされ(44条2項)、29条1項の拒絶理由を回避することができるためである。  出願A1には、明細書に発明ロが記載されているため、出願A1を分割出願することができる(44条1項)。また、分割出願は、拒絶査定後3月以内にすることができる(同項3号)

(2)審査請求(48条の3)

 丙は、分割出願について、原則、出願A1の出願日から3年以内に、審査請求をしなければならない同条1項。審査請求をしなければ、出願の取り下げたものとみなされないためである(同条4項)

(3)特許料の納付(108条)

 丙は、特許査定の謄本送達後、30日以内に、特許料を納付すべきである(108条1項)。特許料の納付後、特許は設定登録され(66条2項)、丙は特許権を得たことになるためである‘‘(同条1項)‘‘。

所感

  • 分割出願について、拒絶査定不服審判を請求すると同時に、補正を行うことができるために、分割出願をすることができる(44条1項1号、17条の2第1項4号)
  • 拒絶の理由を回避するために、分割出願のみを記載して終了ではない。設問には、特許権を得るための手続きについてと記載されているため、審査請求、特許料の納付まで記載する必要があると思う。

(5)

 特許出願B2が平成28 年6月に特許査定を受け、丁は、その設定の登録により発生 した特許権特許権者となったとする。この場合、丙は、設定の登録前の戊による組 成物αの製造・販売について、発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の 金員の支払いを戊から受けるために、どのような手続をとることが必要か、説明せよ。

解答例

1. 出願B2に係る特許権の移転請求 (74条)

 丁は、発明イ及び発明ロについて、特許を受ける権利を有していない(29条1項柱書)。そのため、出願B2に係る特許権は、冒認の無効理由を有する(123条1項6号)
 よって、発明イ及び発明ロの特許を受ける権利を有する丙は、出願B2に係る特許権について、移転請求をするべきである(74条1項)
 特許権の移転請求の登録(98条1項1号)がされることにより、丙は、初めから特許権、及びその補償金請求権(65条1項)を有していたことになる(74条2項)

2. 補償金の請求(65条)

 特許出願人は、出願公開後、特許権の設定登録前まで、業として特許発明の実施をした者に対して、補償金を請求することができる(65条1項)。また、特許発明の実施者に対して、書面による警告を行わない場合でも、出願公開がされた特許出願に係る発明であることを知っている場合、補償金を請求することができる。
 設問より、戊は出願B2の公開後、正当な権原なく、業として特許発明イの実施を行った。
 よって、丙は、戊の実施について故意または過失があることを立証することにより、補償金を請求することができる。